貿易事務の世界 IMPORTER’S WORLD

中小企業の貿易事務の日常、学ぶことは毎日のやりがい!

貿易事務の仕事をしたきっかけ -就活を振り返る-

みなさん、こんにちはふみです!今日は私がどうして貿易事務の仕事をしようと決めたのかについてお話したい思います。実は最初は貿易事務の仕事について全く知らなくて接客業ばっかり探していたのです😊💦そんな中出会った仕事が貿易事務。よろしければお付き合いください😊

 

辛かった就職活動時代

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私が大学を卒業したのは2011年の事。今から8年も前になります。その頃は就職氷河期と呼ばれている時期の1つでたくさんの人たちが就職活動に苛まれていました私もそのうちの一人でした😊💦大学3年の秋頃から就活サイトがオープンし友人がマイナビやリクナビなどを駆使しながらインターンや卒業生のアドバイスを受け、志望動機の添削、企業説明会など目まぐるしい生活でした。そんな中私は自分にこれといった強み見出せず、アピールできるポイントも少なくうんうんと悩みながらこの先どうしようかな〜と考えていました。周りの子達はサクサクできていたし、みんな志が高くて大手企業を攻める子もたくさんいたのです!みんなすごいな〜なんて思いながら、私はよく言えばマイペース、悪く言えば怠慢でこれといって焦るわけでもなく自分の道について考えていたのです😕

 

留学か就職か?

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私が悩んでいたことは実は明白でした。何と言っても留学に行きたかったのです😊大学2年生の時にアメリカ研修で味をしめた私は、帰ってきてから留学することばかり考えていました。大学4年になると参加できる中長期の海外留学を心の中でふつふつと燃やしてたんです😊どうして留学をしたいかというとアメリカでの生活が楽しかったしもう一回くらい海外の暮らしを〜っていうよりは、英語系の大学に通いながら英語が喋れない自分が悔しくて、恥ずかしくて。友人は英語以外にも強みを持っていて私にはそれがないや。。なんて思うくらい。。そんな自分がその時期はとても嫌い😕であればいっそ長い間海外に行って学んでやる!とそんな気持ちでいたのです。就活なんてあとあと、帰ってきてからやればいいなんてね😊💦それにこんな自分を採用してくれるところなんてないと思いながら大学3年になった時から私の留学への道は進んでいました。私が最初に行きたかったのはイギリス🇬🇧おしゃれな街並みが素敵そう、島国で独自の文化を持つ英国に憧れました(ミーハー笑)だけれどもポンドが高くて思うようにはいけないと悟り、比較的安価でいけるカナダを目指すことにしたのです😊

 

単位&お金の問題

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そうとなれば計画を!私のプランはこうです。大学3年までに必要な単位を取り終えて大学4年に全ての時間を留学に注ぎ込むことです!シンプルでしょ😊私の大学、また私は文系だったので必修科目は大学3年までに取ることが可能でした。嫌なことを先に行ってしまうタイプなので難しい授業は1年生の時に取得済み。ここは自分で自分を褒めたいくらいです😊そんな中で単位を取り終えることは私にとっては何も難しくなく、ニコニコしながら全ての単位120を取り終えました😊

やーい、単位なんて楽勝楽勝〜♪なんて思っていましたが、次に待ち受けていたものはお金です😱お金のこと、全然考えていなかったわけではありませんが留学には最低でも100万は必要のはず、、9ヶ月の留学だと往復航空チケット20万、英語授業料45万、生活費(寮費含む) 80万、保険料10万、Visa、テストなど手続きの手数料5万円、う〜100万以上はかかってしまうな〜。親にお願いする手段は私にはなく(絶対くれないので笑)全て自分でなんとかするしかありませんでした。そこで私は大学3年から大学4年の3月までのプランを考えたのです😊まずは長期的に働ける今のアルバイトで月に10万、合間合間に稼げる仕事を短期で入れつつ、高給なものを取り入れて稼ぐ💪そこで節約すれば全く問題ない!行く頃には余裕で溜まっているぞ〜😊とワクワク✨それに嬉しいことに留学したものには授業料の半額😊大学費用は奨学金だったので少し借入額減らせるかも!とワイワイ計画している中、私はこれからどんどん壁にぶち当たって行くことを知らずにいました。

 

そもそも留学試験に受かるのか問題

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ここ!考えていたようないなかったのです😊💦まず留学をするための説明会がなかなか開催されません。。いつもならこの時期にあるのに。ここにもどかしさを感じながら何回も何回も留学支援課に確認をしましたが音沙汰なし「やるときは掲示板に提示しますから」とだけ💦毎日毎日掲示板をチェック、、留学支援課に確認してもいつ掲載されるかさえ教えてくれません。今も思うと本当に冷たかったです😢今でも嫌な思い出です。そんな中でいつもはこの時期までには必ず告知をするのに掲示板に一向に書かれないことを疑問に思った私は留学支援を担当している教授に話を聞きに行ったら、驚くべき一言が待ち受けていました。

 

先生 : 「募集はもう終わりましたよ?」

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え、、😨募集終わったの?だって掲示板に告知がないよっ毎日見てたのよ私😭

「そんなことはないです!だって私毎日掲示板見てたんですもの。留学支援課の人たちも掲示するって言ってました!

すぐ留学支援課に行くと、、、

「知りません。もう終わりましたから。それに私アジア担当なんでわかりません。」

と冷たくあしらわれてしまったのです。。アジア担当・・本当にこの人たち留学支援なの?😭去年までちゃんと行われていたのに今年になってやらないなんて、、しかも理由が留学に行きたい人がいないからだそうです。ってここにいるじゃない〜私が😭しかも無いなら無いって最初から言えばいいのに告知しますからお待ちくださいって言ってたじゃないか〜。と世の中の理不尽さを噛み締めてその場で泣き崩れる私。。準備たくさん計画してたのに。。うぅ。期待を返して。。家に帰ってもこの気持ちは忘れられませんでしたね。あれだけ用意して頑張ってきたのに。。

 数週間後、私は諦めきれずにゼミの先生にかけあってみました。私は今までのことを話すと先生は「うん諸々わかった。聞いてみるよ!」と。先生ありがとう😭とても優しかった。。すると、、

 

ふみさん、中長期留学の募集を行います。

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やっと重い腰をあげたかこの留学不支援めって先生〜ありがとう😭全てゼミの先生のおかげです。ゼミの先生は力のある方で先生たちを取りまとめるリーダー的な存在だったのです。書類なり手続きを終えてからほっと一息。あ〜これで留学への道が再び😊と思ったのも束の間!

 

「ふみさん、TOEFLテストの試験結果を持って来ていただきたいのと英語面接はいつにしましょうか。」

「あそうか😨受かったわけじゃ無いんだった・・・」

 

そう!面接と留学するためのテストのTOEFLを受けないといけないのでした!(こらこら)早々に面接に日程も決まり、TOEFLテストを受けないといけないため2万円もするテストを申請。面接官はよく授業を教えてもらっているジャスティンというオーストラリアから来ていた真面目な先生😊とても優しく私はとても大好きでした。話す内容も難しくなく日常会話程度、それと行く時の注意点のお話で、ほっこりとした面接は成功に終わりました😊あとは結果を待つだけでしたが心の奥底では落ちることなんて無いと思えるほどの丁寧な留学説明会のような面接でした😊

結果はもちろん合格!晴れて私の留学まで道のりは再スタートとなり4年の4月までの資金稼ぎと節約の生活を始めることになりました😊

っと、とても長くなってしまいました。私の留学までの道のりは別のカテゴリーでお話をさせていただきます😊ここまでお付き合いいただきありがとうございます!では続きまして留学から帰ったあとのお話をします。

 

卒業後の就職はハードモード

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無事に留学から帰ってきた私を待ち受けていたものは、もちろん就活。大学4年の12月に帰国した私には卒業まで3ヶ月しかありませんでした😊💦私の友人のほとんどが就職先を決めている中で私は就職活動をこの時点からスタートさせないといけなかったのです。リクナビやマイナビの再登録(パスワード忘れちゃった笑)からジョブカフェや東京しごとセンターにハローワーク、これらをとりあえず登録していざ就活!と思っていると、、早速、壁にぶち当たります。自分のしたい仕事はほとんど求人がないのです😨

基本的に就活(当時は)は大学3年からスタートし大学4年の夏か秋頃まで採用があり冬になるとほとんど内定が決まっているものが多く、私は完全に出遅れていたのです。。それでも何かあるだろうとエントリーなどしてみるものの、、もっと根本的で致命的なことに気づきます。

 

就活のやり方がわからない

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わからないなんて甘えています。わかろうともしなかった。本当に怖かった。今思えば就活から逃げたい。なんて思ってたくらいです😊💦お恥ずかしい限りですが私は留学をして自分の英語力をあげたい、スキルをつけたいなんて思う中で就活のやり方を知ろうとせずにここまできていたのです。。大学の就活支援課に聞いてもよくわからず、、自分なりの方法で就活をはじめてみました。まずは留学に行く前にも言っていた合同説明会。これに参加しその場で採用なんてのもありましたからここで受かれば一石二鳥です😊とことん参加して行ったのです。結果は・・・・ね😊💦お祈りメールばかり。お恥ずかしい。。

ここでも私は何にも気づかなかったんです。本当に何も知らない無知な人間で採用側の気持ちや何を見てるかを知らずに面接してましたから💦ただただ自分のスキルをあげてここまでやったんだよ!って履歴書に書いてもそれを初めて見る人間は私のことなんか知らないのです。

会社が重要視しているのは・・・

  • 自分たちと一緒に働けるか
  • 会社のカラーに染まれるか
  • 教養は身についているのか

新卒として採用するに当たっての第一条件を私はクリアできていなかったんです。自分の売り込み方を知らない、面接官からしたら高校の面接じゃないんだぞって思われてたかも💦それでも縁がなかったとめげずに受けていました。自分が鈍感で良かった 笑 ですがそれでもいい結果に巡り会えずとうとう大学を卒業してしまい、就職難民に😅あらら〜。 

大学を卒業してフリーターへ

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大学を卒業してから、就職をしつつアルバイトを始めました😊周りの友人に励まされながらも自分なりの就職をしようって!手前味噌ですが私の性格はめげないところなのです💪✨アルバイトをしながらも東京しごとセンターやジョブカフェに通いました。そこで求人を見ながら、自分のアピールポイントを探して、結局何ができるんだろう〜って。思っちゃってましたね。でも諦めずにそれらの就職支援センターから面接に行くと、辛かったけど自分らしい面接ができることにも気づきました😊大抵、学生の面接って志望動機が御社の企業理念は〜とか私はアルバイトでこう頑張りました、そのおかげで売上がこのくらいになりました!なんてアピールしてたんじゃないかなと思います。ですが私が既卒後に受けた面接はよく言えばフレキシブル、悪く言えば無関心のような中途採用に近いようなサバサバとした内容でした😊まとめるとこんな感じ!

就活側のアピール

  • アルバイトでこんなことをした
  • サークルでリーダ的な存在だった
  • ゼミでこんな研究をした

採用側の欲しい人材

  • 具体的に何ができるのか
  • うちではこのような仕事をやってもらいたいそれができるか
  • 欠員補充のため募集している

もちろん大学時代に頑張ったことって強みになったりするのですが、このような面接を受けて私はこのように理解したのです😊採用する側は本当にストレートで何が今必要かが明確だったわけで。それが私にとってははっきりしてて嬉しかったし、採用側の気持ちがわかったのです。なるほど!こういう人材を探してるんだ😊じゃあそれに合うような人間になればいいんだ!なんとなくですが自分が採用する気持ちになって考えることが8年前にようやくできたのです。それから面接を受けるなかで学んでいく中でとある求人に出会いました。

貿易事務のお仕事

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「ふみさん、英語力を生かしたいのならもちろんホテルとか添乗員などの接客もいいけれど事務の求人もありますよ」

こんな言葉がきっかけで私は事務の求人もちょこちょこっと見るようになりました。そんな中で貿易事務の求人に未経験OK、資格不要という文字とおもちゃの輸入屋さんですという言葉に興味を引きました。おもちゃか〜可愛いものを輸入してそう😊それになんだろう〜貿易事務って。センターの人に話を聞くとグローバルに活躍できるし英語力も使えるからやりがいがありそうですねと興味がなかった私ですが、その言葉に受けてみようと思い早速応募してみたのです😊

会社の場所は下町。私の生まれのすぐ近くでした。面接時、今でも覚えています😊面接官はとても優しくて社会人経験が全くない、資格もない、貿易事務に対して知識もない私を快く受け止めてくれました😊面接は2つあって日本語と英語の面接。私はできる限りの知識と心構えをぶつけました。その結果、今の仕事になっています💪

 

ふと、振り返って・・・

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就活は結局1年間行いました。他のみんなと一緒ですね。それくらい長かったけど、今の仕事をして7年が経とうとしています😊今でもいろいろな経験をさせてくれるしとてもいい仲間がいる職場で楽しいです✌️あの時本当に事務の求人も見ていて良かったです😊これからも貿易事務についての私からの知識を綴っていきますので、よろしくお願いいたします。

 

ではでは、この辺で。